観察者。 VOL.226

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先日いっしょにお酒を呑んだひととのお話し。

高次元から三次元であるこの世界に
にんげんは観察者として存在している。

唯一肉体をもつことによって
五感から三次元の世界を感じることができる。

100%観察者として存在していて
それ以上でもそれ以下でもない。

だから、にんげんは高次元(大いなるわたし)からのメッセージを
受信して行動し、この世界を観察さえすれば良い。

なのに、にんげんは勝手に三次元の自分が主たる存在として
一生懸命になにかしようとする。

その考え、行為自体が100%観察者としてマイナスとなる。
とにかく高次元とのパイプをクリアにすることを意識する。

そうすれば目の前におこることを観察者として楽しく観れる。
今日は、明日は、来月、来年はどんな体験ができるのか、観れるのか
楽しみになる。

ワクワクすることだけをしなさい、とあるひとは言う。
ワクワクすることをしようと能動的になるのではなく
受動的にワクワクを感じるのが正しい。

がんばらなくていいよ、とあるひとは言う。
さぼる、だらけなさい、ということではなく
高次元からのメッセージを受けて生きることは
まったくストレスはなく「がんばる」ことではない。

ねばならないと勝手に思い込んでの行動は
「がんばる」行動となる。

ある画家さんは「絵を描くことは毎日の排泄と同じことです。」
と言っていた。

することになっているから、する。
ただそれだけ。

そこに「がんばる」は存在しない。

すごく肩の荷がおりた感じです。
パイプをクリアにして、感度を良くする。

100%観察者として今世を楽しんでいきます。(^^♪

「なぞなぞ。VOL.197」の解は、これかなぁ、と
いま感じています。

いまも、これからも幸せ!(^^♪自然派司法書士
http://www.majima-neco.com

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