先日いっしょにお酒を呑んだひととのお話し。
高次元から三次元であるこの世界に
にんげんは観察者として存在している。
唯一肉体をもつことによって
五感から三次元の世界を感じることができる。
100%観察者として存在していて
それ以上でもそれ以下でもない。
だから、にんげんは高次元(大いなるわたし)からのメッセージを
受信して行動し、この世界を観察さえすれば良い。
なのに、にんげんは勝手に三次元の自分が主たる存在として
一生懸命になにかしようとする。
その考え、行為自体が100%観察者としてマイナスとなる。
とにかく高次元とのパイプをクリアにすることを意識する。
そうすれば目の前におこることを観察者として楽しく観れる。
今日は、明日は、来月、来年はどんな体験ができるのか、観れるのか
楽しみになる。
ワクワクすることだけをしなさい、とあるひとは言う。
ワクワクすることをしようと能動的になるのではなく
受動的にワクワクを感じるのが正しい。
がんばらなくていいよ、とあるひとは言う。
さぼる、だらけなさい、ということではなく
高次元からのメッセージを受けて生きることは
まったくストレスはなく「がんばる」ことではない。
ねばならないと勝手に思い込んでの行動は
「がんばる」行動となる。
ある画家さんは「絵を描くことは毎日の排泄と同じことです。」
と言っていた。
することになっているから、する。
ただそれだけ。
そこに「がんばる」は存在しない。
すごく肩の荷がおりた感じです。
パイプをクリアにして、感度を良くする。
100%観察者として今世を楽しんでいきます。(^^♪
「なぞなぞ。VOL.197」の解は、これかなぁ、と
いま感じています。
いまも、これからも幸せ!(^^♪自然派司法書士
http://www.majima-neco.com
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